30 5 / 2013

昨日、クラスの友人とセッションをしました。

いやぁ、面白かったですよ。もちろん、内容はお話しできませんけどね。

夜にその友人から電話が掛かってきて、少しお話をしました。

その時の話に少し付け加えて、メモっておこうと思います。

昔、大学生の頃に、宮城教育大の学長さんをしていた故 林竹二先生の本を読みあさっていた事があります。

確か先生は、ソクラテスの専門家だったように記憶しています。

大学で「人間について」というゼミをしていた林先生は、ふと、「子どもだって人間だから人間についてという授業ができるんじゃないか」ということで、付属の小学校で授業を試みました。
その後、先生はいろんな学校で授業を行い記録を残しています。その記録のいくつかを僕も読みました。

大学のゼミのテーマになるような深い内容を子ども達にぶつける。
いや、記録を読んでみると分かります。もちろん子ども向けに丁寧に語られていますが、その内容は大人でも高度で難しいです。
そうすると、子ども達が思索に入っていく、その写真をみると本当に美しい豊かな表情が見られます。

そうすると、「成績の良い子」「成績の悪い子」の差が無くなってくるんだそうです。

教育というものは、子どもが一人では到達できない高みに登る手助けをすること、そんなことをその頃に読みました。
そのために、いろんな「知識」をぶつける。

知識というものは、荷物のようにたくさん蓄えるものでは無く、むしろ、それをぶつけられることによって、自分の中にある何かを「引き出」、今までに蓄えてきた自分を「吟味」し、「純化」していくことなんだと、そんなお話しだったように理解しています。

僕は、コーチングにおける「質問」と言うところで、少し悩んでいます。

コーチングにおいては、答えは「100%クライアントの中にある」、それを信じて質問をしなければなりません。

しかし、僕は自分の中に「答え」を用意して「質問」してしまっています。
これでは、何かを生み出すことは出来ない、在り来たりのものしか出てこない。

ソクラテスは、自分のやり方を「産婆術」と呼んでいます。

産婆さんは、母体から「赤ちゃん」を取り出しますが、ソクラテスは、相手から「真理」を取り出す。
産婆さんが、必ずしも自分の中に「赤ちゃん」を身ごもっていないように、ソクラテスも「真理」を持っているわけでは無い。

産婆さんが、「産婆術」によって、赤ちゃんが居るかを確かめ、時機を計り、陣痛を起こし、赤ちゃんを取り出すように、ソクラテスは「会話」によって、真理があるかを確かめ、時機を計り、気付きを与え、真理を取り出す。

「真理」を取り出すために、どんな質問をすれば良いのか。

「人間について」の授業で林先生がしたような、「成績に関係の無い」「高度な…というか…突拍子も無い」質問じゃないのかな。

極論をすれば、「相手を理解」しすぎてはいけないのではないかな。

なんてことを、思っています。

28 5 / 2013

コーチングの勉強を始めました。

ここでは、コーチングについて思った事、学んだ事、ちょっとしたメモ等を書いていこうと思っています。

落書きみたいになるかもしれませんが、ある程度まとまったらちゃんとした形にまとめる・・・かもね。